ネット広告費が雑誌を抜く

 ネットが普及したおかげで、紙媒体への依存度が減り、雑誌の休刊、廃刊も相次いでいるが、それを裏付けるかのように、ネットが雑誌を広告費の額で上回った。雑誌ばかりでなく旧メディア(新聞、雑誌、テレビ、ラジオ)全体が毎年下降しており、この傾向はまだまだ続きそうだ。

ネット広告費、雑誌を抜く 電通調査 (ITmedia)
ネットユーザーのネット利用時間、テレビ視聴時間の2倍―米調査(ITmedia)

 文章を読んだり写真を見るだけだったら、好きな時に好きな部分をすぐに見られる方がよい。ましてや速報性があるものは、新聞であっても時間的に不可能である。じっくりと鑑賞しながら読むには紙媒体の方がよいだろうが、雑誌になると読み物よりも広告ページの方が圧倒的に多くなり、分厚い雑誌を持ち歩くのはチラシの束を抱えているようなものである。くり返し読むものではないから、読み終われば事実上ゴミの山となり、古新聞、古雑誌の回収業者はいつ来るのか、などということを気にしなければならないようになる。


 PCはもともとペーパーレスに効果のあるものであったはずだが、スタンドアロンの時代は印刷ばかりして、むしろ紙が増えたものだが、ネット時代のここにきて、やっと紙媒体を減らす効果が現れてきたともいえる。それはネットのコンテンツがやっと紙媒体と遜色がなくなってきたからだといえる。その要因はWebの表現能力だったり、データベースのためのストレージだったり、回線の高速化だったりが組み合わさってならのことだろう。


 ネットは紙媒体とは圧倒的に流通範囲とスピードが違うから、同じ内容であれば、ネットにどんどんシフトしていくのは当然である。紙媒体全体がデジタル図書館化へと向かっていると言ってもよいかもしれない。そうなると人の目に触れてナンボの広告も、雑誌や新聞からネットへと移っていく。効果の範囲が狭くてコストが高い雑誌に比べて、薄くて広いが安価なネット広告へと移る転換点の時代と言えるだろう。


 更新の遅い雑誌だけでなく、新聞やテレビも減少しているのも注目すべきところである。価格が高いこともあるが、広告の質が変わってきているようにも思える。新聞にしろテレビにしろ、大きな広告ほど、何の広告なのかわからないものが多い。これは細かいことを説明しても仕方がないから、とにかくキャラクタの人物(誰それがやっているCMとか)や音楽(CMで売り出す曲)などで、イメージだけを植えつけて、いわば中長期にわたって視聴者や購読者を洗脳してしまおうということなのかもしれない。しかし、そういう手法も受け入れられなくなってきているのかもしれない。ネット広告は必要最低限のことがそのものズバリである。1行か数行で関心を持ってもらえなければ、詳しい説明ページへ進んでもらえないわけだから、あの手この手でなんとか誘導しようとする。ある意味、一番上手いのはフィッシングサイトなのかもしれない。


 そのネット広告の最前線を行っているのがGoogleといえるわけで、この旨みになんとかありつきたいMicrosftは巨額を投資してでもYahoo!を欲しがるわけである。テレビ業界にしてもなんとか自分たちの従来の体質のまま、ネットを取り込んでしまいたい意図がここにあるのだろう。