ウイルス感染と口コミの類似性

 新型インフルエンザが世界中で感染の危険に対処している現状だが、まさに見えないテロとの戦いに似ているところがある。誰にも平等に感染する可能性があるし、誰が保菌者であるかも発症してみないと追跡しきれない。
 ウイルスそのものの研究と、このような世界規模での感染のしかたがネットワーク的な研究の題材にもなりうる。近年発展してきた、いわゆる「複雑ネットワーク」からのアプローチである。

インフルエンザと口コミの関係(CNET Japan)

 感染の短期間で世界規模の拡大の要因は、ウイルスの変異というより、いうまでもなく飛行機などの交通機関の発達である。海外旅行者の数も、数十年前に比べれば飛躍的に増えた結果、人間自身が広範囲にウイルスをばら撒く感染媒体の役割をしていることになる。中世におけるペストの流行などとはこの点が最も異なる。昔は医療や予防のための知識も進んでいなかったことから死者は多く出したが、感染の範囲という点では世界規模とまではなりえなかった。その意味では、これだけの短期間、広範囲での感染の事例というのは、人間の歴史の中でも初めての経験かもしれない。そこに理論的には論じられていても実地のデータを取れるという点でも、貴重な実例になるのかもしれない。


 インターネットが普及して、広い意味でのネットワークの構造というものが再認識されるようになってきた。電話やインターネットのネットワークばかりでなく、人間関係や口コミのネットワークなど社会学的なネットワークも含めて、その普遍的な性質を追求するものである。この10年くらいで進歩があったのは、インターネットに電子メールやWebのリンクなどが、これらの実験にも適していたことと無関係ではない。一見ランダムにも見える現実のネットワークの「つながり」にも共通の性質があるとの認識である。


 スピードの違いはともかく、今回のインフルエンザの感染パターンと口コミによる情報伝達(噂のネットワーク)は似たようなところがあるという。1つはいわゆる「スモールワールド性」である。直接の知人は少なくとも、知人のまた知人からの情報あるいはウイルスは伝わりやすい。事実上、知人をたかだか6人繋いでいけば世界中の人と繋がるといわれる。またこうしたネットワークは分断されにくく、回復性が高いといわれる。「人の口に戸板は立てられぬ」と昔の人は苦言を呈したが、まさにこのことを経験で知っていたということである。いくら国家が言論統制を敷いても庶民の噂話を食い止めることはできない。


 とはいえ、ウイルス感染のパターンと口コミのパターンを全く同じとも言えないかもしれない。どちらも直接話したりする相手には逐次伝わるが、ウイルスはそれだけでなく咳やクシャミでより広範囲に感染させるということである。いわばウイルス感染のブロードキャストである。その分だけ口コミよりは伝播力が強いといえるだろう。口コミの方をより強化するには、ブロードキャストに相当する広告やCMを取り入れることだともいえるだろう。逆にウイルス感染を防止するには隔離対策はブロードキャストの防止にはなっているが、口コミ的伝達は防止しきれないということを意味することになるかもしれない。