石井慧「猪木ボンバイエ」で登場

 久しぶり石井慧の話題である。日本デビュー戦で吉田秀彦に敗れ、それからまた海外で試合をしつつ修行も積んでいた石井だったが、ようやく国内で第2戦を行うことになった。国内の格闘技熱そのものが停滞している時期だけに、石井もなかなか大変だとは思うが、ここに来てなんと猪木に頭を下げに来たというのだから注意を引いた。いったい石井の心境にどんな変化があったのか。

石井“猪木魂”継承…イノキボンバイエで入場(Sponichi Annex)
猪木認めた 石井「ボンバイエ」で入場(nikkansports.com)
勝った石井K1出る小川倒す/DREAM
石井国内初白星!猪木祭&K‐1参戦(sportsnavi)

 石井と猪木との対談が興味深い。古くからの猪木ファンだと、だいたい猪木がどんなことを言うのかは想像がつくが、問題は石井の意思の方である。なんだか随分と素直な感じになったようだが、半分ジョークではないのか。猪木の「つまらなくなったな」は言いそうなことである。以下は引用である。

石井 今日は試合に向け、アドバイスをいただきたいと思いまして。
猪木 オマエ、つまらなくなったな。ホラ吹いてくれよ。面白いヤツと思っていたのにな。女の子がやるような格闘技をするんじゃないんだろ。ホラ吹けよ。
石井 はい!
猪木 前は「猪木がなんぼのもんじゃい」って言っていたろ。勝負なんだから、敵の目ん玉をひんむくぐらいの覚悟でいけよ。「もう石井、帰ってくれ」とお客に言われるぐらい元気になれ。おい、いい先輩がいて良かっただろ。
石井 はい! 運がいいです。少し運がよくない時もありますが…。
猪木 ジャケット(柔道着)は着るのか。
石井 着ないです。ニプレスは付けます。あの、50周年記念ということで、猪木さんのテーマ曲を次の試合で使っていいですか。
猪木 お前、聞いたことないだろ。
石井 聞いたことあります。以前、猪木さん信者のDVDを借りて見まして、聞きました。
猪木 これだけ浸透した曲だからな。それでいい試合してくれれば、と思う。
石井 勝ったら1、2、3、ダーもしていいですか。
猪木 サッカー選手でもやってるんだから。やっていいよ。デビューした当時は荒っぽい選手も、みんな基本をやりすぎて、もともと持っているものが消える。今、暴れるヤツがいないからね。暴れてほしい。結婚してないよな。
石井 しました。
猪木 子供はいないのか。勝ったら子供作れよ。結婚はした方がいい。嫌なら別れればいいんだからな。相手は経験豊富な選手だ。金メダルのプライドを捨てる気持ちで、意識をビシっと変えてほしいよな。
石井 闘魂注入してください!
猪木 大丈夫か。最近、(ビンタで)歯が折れたヤツもいたが。20年ぐらいの歴史があるが(参議院)議員のころ、最初にやられたヤツは4〜5メートルも吹っ飛んだ。翌日は政治家が暴力を振るったと書かれたもんだ。予備校では、列になってもらった予備校生が全員合格したんだ。頭で念じろよ。自分が考えていることがグレーがかっているだろうが、気合を入れると視界が開く。いくぞ!(とビンタ)
石井 ひらめきました! 以前、ビンタを受ける機会もあったのですが、痛そうだったのでやめていたんです。殴られるのがいやなので。でも今回のテーマは挑戦。だから、初めて闘魂注入されようと思いました。良かったです。

 小川直也と大学入学当初から親交があった石井は小川を尊敬し、小川道場北京五輪の金メダルを寄贈しているくらいだが、その小川からプロ入りの際には猪木に弟子入りを勧められたが拒否していた。猪木のところに行ったらプロレスをやらされると思っていたのかもしれない。小川としては「プロのなんたるか」を学べということだったろうと思う。


 そして石井は海外のあちこちに修行に行っている。それはよいのだが、いまだに柔道家を脱却した自分のファイトスタイルが確立していないようである。格闘技の世界では1新人であり、試合数も少ないから仕方がないといえばそうかもしれない。しかし周囲は、やはり柔道金メダリストという大きな期待の目で見てしまう。吉田秀彦もそうではあったが、かつて猪木と異種格闘技戦を戦った相手では、ウィリアム・ルスカやショータ・チョチョシビリがいてその戦いは壮絶だった。時代は変わっても、石井にもそれだけのものが期待されるのである。特に格闘技が停滞している時期だけに、それを牽引するだけのものを石井には求められるだろう。


 さて今後は、K−1にもIGFにでも出るという。だいぶ考え方が変わったようである。プロはスタイルがどうこう以前に戦ってなんぼ、それに客が注目してなんぼの世界であることを海外修行も通じて思い知ったということだろうか。よくも悪くも(悪役としてでも)、客に騒がれるほどの存在であってほしいというのが猪木の願いであろう。テーマ曲の使用やダーをやるとかは、取るに足らない話ではある。ただ石井が猪木の話を聞く心境になったことに、海外修行での苦労が想像されるのである。時代は違うとはいえ、猪木は石井と同じような年齢のときアメリカ修行で暴れまわっていた。まだ反日感情が強かった時代だからヒールであり、観客すべてを敵に回して、勝利しても無事に会場から抜け出せるかどうかさえも危ぶまれたほどであった。しかし当地で1度目の結婚して子供ももうけている。知っているのに石井に「結婚はしていないよな」とわざと聞いているのも猪木のジョークだろうが、自分の過去に照らし合わせてのことだろう。石井はそれを知っていたかどうかはともかく、石井の年代では、すでに猪木の試合をリアルタイムでは知らないのだなと改めて思った。「猪木ボンバイエ」もDVDで聞いたことがあるというが、テレビの前で猪木の登場をワクワクしながら見ていたという世代ではない。そして「猪木ボンバイエ」は、もともと20世紀最大のボクサーのモハメド・アリから贈られた「アリボンバイエ」だったということも。


 さて今後の日本での対戦相手だが、尊敬する小川や先輩の澤田敦士とでもいいが、タイプ的には藤田和之とやってほしかった。「野獣」という共通点があるし、かつて「猪木ボンバイエ」(オーケストラバージョン)で入場してしたという点でも同じである。ただ藤田の現状はどうなっているのか(引退?)はよくわからない。猪木と深く関わり、そして離れていった弟子の1人である。プロとして視野を広げた石井に期待しよう。