自粛という強迫観念

 ただでさえ政治や経済が停滞していた時期に、あれほどの震災に見舞われたわけだから、中長期的にみても日本の経済へのダメージは想像するに余りある。それに現在は喪に服しているわけではないが、イベントや例年行事の中止の「自粛」の嵐である。誰しもが3月、4月の予定の中止を経験していることだろう。それがますます消費の大幅な減少を招くという指摘がある。

「日本は自粛という強迫観念にとらわれている」─米紙(ITmedia)

 被災地の救済を最優先にということで、多くの商品やガソリンなどが、またたくまに店頭から消えた。これは混乱のときの一時的現象だと考えれば、まあ仕方がない。通常は1週間か10日もすれば、次第に流通が回復するものと考えられた。実際に日が経つにつれて、すべての商品ではないが次第に入荷は回復している。


 ところが第2波は原発の危機による影響が、ボディーブローのように効いてきている。野菜や牛乳、水と放射物質の影響が伝えられるようになったためである。ひたすら「健康に影響はない」と発表されるが、乳幼児をもつ親ならずとも消費者の心理としては「危うきには近寄らず」であるのは当然のことである。


 それが、震災直後には「買い占めが広がっている」、放射性物質の影響では「風評被害が広がっている」というように、政府やマスコミの現在の事態がまるで消費者の責任であるかのような論理の展開には、きわめて違和感を覚えるのである。計画停電の実施や節電の呼びかけも同様で、消費者がこれまで電力を使い過ぎたことが問題であるかのような雰囲気である。


 「買い占め」が問題のように言うのは違うだろう。スーパーなどを見ていても売り切れで商品がないといより、明らかに入荷そのものがなくなっている。あるいは入荷されても、1つの店舗あたりにはきわめて少ない数しか入荷されていないから、開店してすぐに売り切れているだけである。「買い占め」をすれば被災地に物資が行き渡らないなどということもありえない。そして今度は買うなというばかりの放射性物質の影響である。消費者のせいでなく、原発危機が収束できないからに決まっている。放射性物質の影響が一時的なもので、今後は少なくなる一方という予測であるならば、時間とともに購買は回復していくだろう。ところが今後放射性物質が減少していくという保証はどこにもない状態であるから、そこで消費者に安心して購入しろというのは無理な相談である。


 そして節電だが、これは美徳からではなく「大停電になる恐れ」といわれて脅されているからである。節電しなければ被災地に電気が復旧しないというわけではない。かくして先が見えない状態では、イベントや通常の予定が自粛に追い込まれるのは無理からぬことである。とにかく政府やトップの組織から、情勢を打開するための前向きの方針が出てこない。原発危機と被災地の状況に一喜一憂しているだけである。やはり原発が収束しないと、結果的に「自粛」が解けることもないし、復興へ一丸となるムードに水を差している。復興には誰でも参加できるが、原発の処理には誰も参加できないことへの苛立ちがあるのである。