コンピュータ将棋と将棋連盟会長が「電王戦」

 昨年情報処理学会日本将棋連盟に「挑戦状」を叩きつけて始まった、コンピュータ将棋vsプロ棋士の対戦は、ようやく2戦目が行われることになった。「電王戦」というそうだが、名称の問題ではないだろう。

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 このペースだと、年に1度のイベントのようになりそうだが、本当にそれでよいのだろうか。コンピュータ将棋側とプロ棋士側の思惑がズレているようにも見えなくもない。前回は初回ということもあり(実際はそうではないが)、女流プロとの対戦ということになったが、これは正式のプロとの対戦とは関係者も思っていないだろう。実力的には男子のプロの卵や、アマチュアトップの方が上だからである。アマチュアトップといってもプロの下位の実力はある。そのアマチュアトップがコンピュータ将棋に勝てなくなっているわけだから、それより上のプロ棋士への挑戦をしたというわけであろう。


 プロ棋士側からすれば、黒船来航みたいなもので、開国に応じてしまえばプロ棋士の権威はどうなるのかと、いまだに答えを見い出せずにいるようでもある。そこで対戦相手を小出しにして、プロ将棋全体に影響を及ばないように腐心しているようでもある。初戦は女流棋士を相手として様子見をし、今度は挑戦状を受け取った将棋連盟会長自らが直々に乗り出した。それはそれで勇ましいのだが、すでに引退して何年も経つ「元」棋士である。少なくともプロスポーツの世界では「元プロ選手」と呼ぶ。それは現役時代の活躍は称えるものの、現在のプレー能力を期待する言葉ではない。同じように将棋連盟会長の現役時代のいくばくかの実力を期待するものではない。つまるところ、プロ棋士側は商品価値のある現役棋士を対戦相手として出したくないというのが本音のようである。それゆえ対応を先送りにする、年1回開催のような間延びしたイベントになっているようである。「現時点」でのコンピュータ将棋の実力を試すだけなら、たとえば将棋ソフト5種類(世界コンピュータ将棋選手権ベスト5)対プロ棋士5人の対抗戦で一気にカタが付くだろう。今のペースでは10年後にどうなるか、みたいになりかねない。その頃はコンピュータの世界もどう変貌しているかさえ、見当もつかない。


 コンピュータ将棋側からすれば、イベントでお金を儲けることが目的ではないし、現時点での勝敗も二の次だろう。「現在の」ソフトの実力を判定したいだけのことである。スペックやらパフォーマンスのストレステストを実行するようなものである。その結果を元に、さらに改良を加えていくことだろう。それにコンピュータの世界で1年も経ってしまったら、あっという間に状況は変わってしまう。「現在の」という前提が意味のないことになってしまう。


 プロ棋士はあくまで固定化、擬人化された「コンピュータ」が相手として見ているのだろうが、実際のところコンピュータやネットを取り巻く環境はどんどん変化している。たとえばこれまでは研究室にあるようなPCやサーバーを「コンピュータ将棋」の実体として見ることができたかもしれないが、すでに「ゲームクラウド」という試みがあるように、コンピュータ将棋も莫大なリソースを利用可能なクラウド化していくことになるだろう。そうなれば、ますます相手の「コンピュータ」とは何なのかさえ、捉えにくくなるだろう。人間側は「姿を現して正々堂々1対1で勝負しろ」などというと、風車に立ち向かったドン・キホーテみたいになりかねない。実際、昨年の「あから2010」ではクラスターで複数の将棋ソフトの「合議制」を採用したことから、1対1でないから「卑怯」ではないか、という失笑しかねない話すらあった。


 将棋連盟側は「スポンサーが付けば」と考えているようだが、それはイベントに出資してくれるスポンサーのことだろう。コンピュータ将棋側に、AmazonGoogleのようなクラウド環境を提供してくれるスポンサーが付けば、かつてのIBMのディープブルーのような専用マシンがなくとも、近い将来とてつもない実力のコンピュータ将棋が実現することになるかもしれない。将棋そのものを探求しているのは、どちらの側なのだろうか。