将棋ソフト「ボンクラーズ」が米長会長に勝利

 ある程度、コンピュータにも将棋にも覚えがある自分にとっては大変興味深く、感慨もある対決である。コンピュータ将棋の1つである「ボンクラーズ」が初めて、引退しているとはいえ将棋名人経験者である米長邦雄将棋連盟会長(永世棋聖)に勝利した。多くの一般メディアも速報で伝えている。休日のこともあり、自分もニコニコ生放送で(ミラーだが)観戦した。

コンピューター将棋、米長邦雄永世棋聖を破る(YOMIURI ONLINE)
米長氏、将棋ソフト「ボンクラーズ」に敗北(msn産経)
名棋士、正確な読みに屈す、将棋ソフトの驚く進化
将棋ソフトは人間を超えた!?「ボンクラーズ」が..(日刊SPA!)

 実はすでに昨年12月に、米長会長とボンクラーズは「プレマッチ」と称して早指し将棋で対決してボンクラーズが勝利している。そのときあまりに一方的だったので、この日の長時間の持ち時間での対戦もある程度結果は予想できた。長時間でどれだけ米長会長が「本気」を見せられるかであったと思う。


 さてその序盤は、後手番の米長会長はボンクラーズの初手▲7六歩に対して、プレマッチと同じく、なんと定跡外の△6二玉。実はボンクラーズの元になっているボナンザの開発者である保木氏のアドバイスを受けた、対ボンクラーズ用の秘策であったようだ。ボンクラーズのデータベースにはない手順を序盤から選び、リードを重ねながらボンクラーズを押さえ込みにかかろうという作戦だったらしい。すでにこの時点で、中終盤互角程度で斬り合いをするならば、ボンクラーズの正確さに太刀打ちはできないという判断があったようだ。人間は緊迫した場面になるとミスを犯す可能性があるが(だからゲームとして成り立つ)、コンピュータは緊張もせず正確無比である。詰むや詰まざるやの局面になると、一瞬に読み切るコンピュータに人間には勝ち目がなくなるのである。だからコンピュータがまだあいまいな形勢判断しかできない序盤のうちに、人間は徐々にリードを拡大するような、囲碁でいう「中押し勝ち」を目指すしかなさそうなのである。


 そうした方針で進んだ対局のいくつかの局面を挙げてみる。米長会長はこの一戦まで約150局ほどボンクラーズと対戦して、その傾向を徹底的に研究してきたようだ。それが功を奏したか、ボンクラーズの攻めをうまく封じ込んできたようだった。だがいかにも玉の形が悪い。いったん開戦して駒の交換が起これば脆い形である。それが一瞬のスキに生まれた。米長会長は角道も開けずにひたすら押さえ込みに回っていたが、ボンクラーズは手詰まり気味に飛車を何度も移動させたりしながら、今度は角の位置を歩を合わせながら、▲8八角から▲5七角へと転換した。それを見た米長会長は待ってましたとばかり△3四歩と角道を通した。しかしこれが罠だった?△9九角成を防いだだけのように見える▲6六歩だが(第1図)、これでもう、形勢は大きく傾いた。



ボンクラーズの狙いは悪形の△8三玉の急所となる7五の地点への▲7六歩の合わせからの突入だった。あるいは角交換になってしまえば後手側はスキだらけで収拾がつかないのである。角交換を避けながら△5五歩、△6六歩とアヤを求めるがボンクラーズの▲6五歩で、すでに大勢は決したようだ(第2図)。あとはボンクラーズの寄せを見るだけである。



ここで△7五銀としても▲同銀△同金▲6六金で7五の地点が破れ、△8三玉では簡単に潰れてしまう。以下の△5六歩からは形作りになった。構わず▲6四歩△5七歩成▲6三歩成△4八と(第3図)となる。



人間的にはここで▲7三とで王手をして薄くしてから▲4八金と払いたい心理が働くところだが、最短の寄せを読み切ったであろうボンクラーズが、ここでじっと▲5三と、としたのには感心した。玉から遠ざかるように見えるが、と金を残した方が詰みが早いのである。以下、△4九と▲同銀△6七歩成▲7四金△同金▲同歩△7八と▲7三歩成△同玉▲6五桂△6四玉▲7五銀打(以下即詰)で、終わってみればボンクラーズの完勝だった。


 終了後、急遽来年はプロ棋士とコンピュータ将棋側の5対5の団体戦対決が決まった。まだ1年もあるが、その間にまたコンピュータ将棋がどれだけ進歩を遂げるか楽しみではある。春に開催される「世界コンピュータ将棋選手権」で、昨年優勝したボンクラーズが今年も5位以内に入れる保証がないというのも凄まじいところである。またドワンゴがスポンサーになるようだが、ニコニコ動画の初期の頃から西村ひろゆき氏が、将棋のネット中継に可能性があることを示唆していたのが、今回の中継の盛況ぶりを見るに、現実になってきたようにも思われた。