エンゼルス松井誕生

 このオフの野球の話題をほとんど独占しているかのような松井の動向である。ヤンキースを含めた球団との契約交渉が長期化すると思われていた松井も、決まってみれば電光石火のようにエンゼルス移籍が決まり、今朝にはテレビでその入団会見が日本でも生中継されていた。決断をした後のその表情は、予想以上に晴れやかなものだった。

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 年俸はヤンキース時代との半額とも、ひょっとすると巨人時代の最終年の年俸さえ下回っているのではないかとさえ言われる。いくら不況のご時世だからとはいえ、ワールドシリーズMVP選手への扱いではないのではないかと巷には思わせる。それを承知の上での松井の決断だっただけに、余計に話題としては盛り上がるのだろう。


 あくまでもDHとしてだけの評価であり、それも主力選手とのシェアでしかないDHとしてしかオファーしなかったであろうヤンキースに対して、エンゼルスは全試合主力としてのレギュラーの座と外野手としての起用も、監督自らが提案したという。やたらGMばかりが交渉の全面に出てくるメジャーリーグの中にあって、監督自らの方針を示されたことが決断の決め手になったようだ。7年も在籍したヤンキースから離れるのはファンとともに寂しさはあるものの、松井にすればまた新たな挑戦できること、そのためには多くの試合に出続けられることが前提であり、それによって選手寿命も、打つだけのDHよりは伸ばすことができるという判断だったのだろう。


 話題的には、ちょうど7年前の巨人からヤンキースへの移籍が決まって以来の注目度であるように見える。あのときは日本のホームラン打者とはいえ、果たして本当にメジャーでも通用するのか、ヤンキースというメジャー屈指の人気球団の中に溶け込めるかという不安もあった。しかしニューヨークでのデビュー戦でいきなり満塁ホームランというスタートに始まり、怪我による紆余曲折はあったものの、最後はメジャー制覇の悲願を達成してワールドシリーズMVPにも輝いて有終の美も飾った。今回の移籍は大物メジャーリーガーとしての堂々たるものであった。


 今回の移籍では、松井はやはり単なる1人のメジャーリーガーではないなと思わせることが多くあった。たとえば松井が在籍することによって、いわれる当地への経済効果である。ヤンキースやニューヨークにとっては、松井の年俸の何倍もの利益がもたらされていたというものである。松井の試合観戦を目的に訪れる日本人観光客やグッツ販売、マスコミ報道、テレビ中継、それを狙った企業のヤンキースタジアムへの広告看板の出資など、松井が居るだけで多くのことが動くということである。したがって移籍によって、それらも大挙してアメリカ大陸を東から西へ横断することになるだろう。アナハイムは本家ディズニーランドがある土地柄であり、またロサンゼルス全体は日本人や関連企業も多い。松井の試合観戦とディズニーランド観光のセットの観戦ツアーの企画も早くも考えられているそうである。エンゼルスおよびアナハイムは選手としての松井だけでなく、付随する多くの利益を得ることになる可能性は高い。そんなことまで話題になるのである。


 移籍にあたって松井に関係する監督からの言葉もいくつか印象に残った。移籍するのなら、トーリ監督のいるドジャースがいいのではないかと思っていたが、トーリ監督は早々と「ひざの状態を考えればDHのあるア・リーグがいいだろう」とコメントした。この言葉でナ・リーグの各球団は松井へのオファーに慎重になったといい、ある意味残念だったが、やはり松井をよく知る恩師が弟子のことをおもんばかった言葉だといえた。リーグが違うとはいえ、同じロスに移籍することになったのは、やはり何かの縁かもしれない。エンジェルスはそのドジャースと当地の交流戦である「フリーウェイシリーズ」で対戦があるという。そこでの再会も見物である。


 また、松井の契約交渉が容易ではないことが連日報道されていた頃、巨人の原監督が「どこにも行くところがなかったら、いつでも巨人に帰ってきてほしい。みんなウェルカムだよ」とコメントしていたことである。実現する可能性はなかっただろうが、こういう言葉は進退に思い悩んだときに非常にありがたいものである。むしろ決断を促進させることにもなるだろう。かつては巨人を去るとき「裏切り者と言われるかもしれない」とまで、古巣のことを気にかけていた松井のことである。原監督の言葉に、今年の他球団の選手をまとめ上げてのWBC制覇、そしてベテラン、若手を活かしての巨人の日本一を達成した手腕の一端を見た気がした。


 そして公式のコメントとはいえ、松井の内面を最もよく知り、最も松井の活躍に入れ込んでいる長嶋監督の言葉である。

7年間プレーしたヤンキースを離れることは大きな決断であり、寂しさもあると思います。しかし、考え抜いた末に選手として最良の選択をした結果でしょう。新天地での出発を心より祝福したい。ユニホームは変わっても、松井らしい豪快かつ、ひたむきなプレーを期待しています。

 松井がヤンキースに移籍するとき、「ジョー・ディマジオのようになれ」と言った長嶋監督である。松井にとってはディマジオと言われてもピンとこなかっただろうが、長嶋監督の世代にとっては憧れのプロフェッショナルの選手といえたのだろう。そして長嶋監督自身は日本のディマジオのような選手になった。松井の実力だけでなく、よくマスコミへの対応や人間性などのプロフェッショナルな態度のことも話題にされるが、実は長嶋監督からマンツーマンで受けた最大の教えはそうしたプロフェッショナリズムではなかったか。


 ところでエンゼルスのチームカラーの赤にかけて、まさか松井の口から子供の頃に影響を受けた?「アントニオ猪木」の名前が出るとは思わなかった(笑)。ともあれ、2度目の世界一を目指すとともに、ヤンキースよりは精神的には少し気楽に、今度は自らの記録にも挑戦してほしい。