Google検索アルゴリズムは公開すべきか?

 Googleの検索結果は信用できないから、その仕組みを公開しろという要求があるらしい。Googleの社会的影響力が大きくなっているからこその議論のようだが、ずいぶんおかしな話にもみえる。

グーグルの検索アルゴリズム--結果の信頼性を理由に高まる開示要求(CNET Japan)

 Googleの検索結果が経済にも及ぼす影響は大きいので、Googleの検索結果が他のGoogleの事業が有利になるような誘導を行っていないが明らかにするためにも、Google検索のいわばアルゴリズムを公開するべきだという議論である。Google検索で付けられたサイトの順位が、Googleの事業に有利になるように付けられているのではないかというわけである。一種の独占禁止法に触れる疑いがあるということだろうか。


 Googleニュースにしろ、ブック検索にしろ、ストリートビューにしろ、「人のふんどし」でという批判はないことがないが、アルゴリズムまで公開しろというのは、あまりにもコンピュータを知らない分野の人たちの批判ではないだろうか。実際、反論としても「アルゴリズムを公開してしまえばスパマーに利用されるだけ」という警告もある。Google検索から思うような結果が得られなくて気にいらないのであれば、Google検索を利用せず他の検索サービスを利用すればいいのであって、むしろ競争がある方が健全でもあるだろう。


 Google検索に対する批判ならば、むしろ順位付けに対する批判よりも、Google検索に引っかからないようにできる自由を保証してほしいものだ。Webページは公開するものの、あまり公には自由に見られたくない場合もある。かといって必要な人とだけ、いちいち個別に共有するのも面倒な場合である。知らぬ間に、単純なキーワードだけで上位に来たりしていると、むしろ困ると感じる場合もある。<meta>タグでgooglebotを噛ませればよいそうだが(実際やってみたことはないが)、そんな技術的なことより、勝手に検索してくれないか、Google検索結果に表示させないような自由もほしいところだ。だがそうすると、今度は某国のように国家権力で検索結果を規制され、言論統制に利用されかねないだろう。いずれにしても方法が公開されれば、必ずそれを悪用する人間や組織が現れることになるだろう。
 

 ビジネス目的では、Google検索をターゲットにしたSEOが存在するが、Google検索で、ただ上位に現れるからといって、すべてがうまくいくわけでもない。ただ当然トップに来るだろうというキーワードで検索した結果が、怪しげなサイトがトップに来ていると文句も付けたくなる。それが紛らわしさを狙った意図的なものだとしたらなおさらである。アルゴリズムの公開はむしろこうした行為を助長することになりかねないだろう。なんとなくすべて公開することが、いつの場合も平等、公平になると考えているとしたら、それは思慮が足りないのではないかと言わざるをえない。