公務員のソーシャルメディアの私的利用

 選挙のネット利用が解禁されたが、一方で公務員のtwitterでの暴言事件があっったことから、ソーシャルメディアの私的利用の注意がなされているという。社会人としてはずいぶんとレベルの低い話であると思える。

国家公務員のソーシャルメディア私的利用の留意点、総務省が..(INTERNET Watch)
国家公務員のソーシャルメディア私的利用の留意点(PDF)

 twitterが国内でも普及してきた頃、国会議員がツイートするのに熱心で会議に遅刻するなどという話もあったが、今はソーシャルメディアの利用の公私混同が問題であるといえる。ソーシャルメディアが便利になったとはいえ、利用する側の意識が高くなければ問題が発生したときソーシャルメディアそのものの存在自体を問題視されて規制に乗り出されかねないからである。特に公的な立場の人間は、すぐに世の中の反応を得られるからといって、うかつな利用は避けるべきだろう。


 これがマスコミなどであると、オフレコ発言やら発言の文脈の一部だけを切り取って歪曲して報じて批判につなげるという恣意的行為が入ることがある。しかしネットは本人が投稿している文章ならば、仮に曲解されようがそれは本人の責任であることは明らかである。それゆえ公私をわきまえた発言をしなければならないのは当然である。選挙活動での演説の内容と同様である。


 公人が全く私的にソーシャルメディアを利用したいのならば、自分の公的業務とは切り離した部分で利用すべきである。仮に誰かがその正体を暴いたとしても公的業務とは無関係の内容だけになっていれば問題は生じない。それを匿名をいいことに、悪い意味での公務での「本音」を晒したりするから問題になる。役人などは、あるポストにいる間は役所としての立場を貫いた主張をするが、いざその任が解かれ私的な立場になったときには、全く逆の立場の発言をしたりするという話を聞いたことがあるが、人としてはどうなのかはともかく、公私を区別するという点では正しい態度ではある。ネット上で気軽に、自分の立場を忘れたかように振る舞うのが意識の低さといえるだろう。


 そもそもいくらソーシャルメディアの時代だからといって、巷で人気があるtwitterFacebookだのに国やら自治体やらが単にそれに乗っかるだけの利用はどうなのかという気はする。ましてやそれらは海外発の民間のサービスなのである。それほどソーシャルが政治や行政にとって重要な道具だと考えるのであれば、独自のソーシャルメディアのシステムを自らが開発して国民や市民に参加を呼びかけてはどうなのだろうか。すでに多くのユーザが集まっているところだから、安易にそれを利用しようとしているだけにしか見えないのである。