高校サッカーと監督

 岩手県代表の盛岡商業が全国制覇。高校野球と対比すれば、これは北国の学校では事実上不可能とされていた全国制覇を、初めて北海道の駒大苫小牧が成し遂げたことに相当するだろう。優勝候補とされたチームには、何人かすでにJリーグ入りが内定している能力の高い選手がいたのに対して、決勝に進んだ両チームは特にきわだった選手はいない、組織力のチームだったようだ。それをとらえて今年はレベルが下がったと見る人もいるようだが、解説で中山などは、ボールに追い付かないことはわかっていても最後まであきらめないで食らいつくプレースタイルを賞賛していた。
 盛岡商業の斎藤監督という人は前任校時代に、日本代表でメッシーナに移籍した小笠原を育てた恩師として知られる岩手の名将と言われる人で(岩手のオシムか?)、それがダテではないことを実証したようだ。小笠原を含め、指導した高校は普通に地元の出身者しかいない公立高校で、それをここまでのレベルに引き上げたのだからそれも頷ける。また北国では、冬場は土のグラウンドを事実上使えないので、どうしても室内での短いパス回しや走る練習が基本になる。事実、後半になっても走り負けしないスタミナが優勝の要因の1つだったようだ。
 そう考えると、斎藤監督が何やら「走るサッカー」のオシム監督に近いように思えてくる。つまり、選手個々の能力や自然環境の制約から作り上げてきたサッカーのスタイルが、図らずも今トレンドの日本人の個性を生かすオシム流サッカーに近いものとなっていたということだろうか。
 メンタル面で言えば、3回戦で埼玉での武南との完全アウェーをPK戦で制したのが事実上の決勝と言えるほど大きかったようだ。あの1戦でどんな相手でも負ける気がしない自信が生まれたそうだ。そして決勝戦前日のミーティング中に、満身創痍で指揮を続ける斎藤監督のもとに、イタリアの小笠原から激励の電話があったそうだ。電話を代わった選手に対しても「自分たちの時は優勝できなかったが、たくさんお世話になった監督のためにもぜひ優勝してほしい」と伝え、選手たちは大変感激したそうだ。憧れの選手のこの一言が最後の決め手になったのかもしれない。
 どんな分野でも、先人の歴史と伝統を真摯に受け継ぎ、時代に合わせた指導ができる有能な指導者しだいで、日本もまだまだ捨てたものではないのかもしれないと感じた。