SNSへのアクセスが減少

 mixiGREEなどの国産SNSへのアクセスが実際に減ってきているようだ。ついこの間、mixiが招待制をやめて自由登録制に移行したというのも、新規登録者数の伸びが鈍り、アクセス数も減少してきているからなのだろう。自分の周囲でも、めっきりmixiの話題を聞くことがなくなった。情勢の変化の激しいITの世界だが、国内のSNSはどういう傾向になってきているのだろうか。

もう飽きた? 「SNSへのアクセス減った」が4割 (ITmedia)
ユーザーの55%「SNSへの興味、なくなってきた」 (ITmedia 10.10)

 2000年以後のITブームから登場したのがブログであったが、その後から出てきたSNSはブログに取って代わるものという印象もあった。単にネット上で日記を書くというなら、対象読者のはっきりしているSNSの方が続きやすい面があるのではないかという期待もあった。またネット掲示板の匿名性の問題の反動もあってか、実名ないしは素性のわかる仲間同士の方が有益のようにも見えた。


 ところが人間の社会は難しいからか、SNSという仕組みにいまいち馴染まないこともあってか、ブログは完全に定着したものの、SNSの方は未だに方向性がはっきりしていないような感を受ける。人間同士のコミュニケーションは単に仲間だからと言う程度では、長続きはしないのかもしれない。村八分とはならなくとも、なんとなくマンネリ化して次第にアクセスする機会も減少してきたというのが実態ではないのだろうか。ネットにしろリアルにしろ、同じ相手にいつまでもフレッシュさを感じるわけでもないだろう。


 このようなことは、SNSに限らずに経験してきたことのような気もする。人の集まりとは必要性があってこそ発生するし、同時に寿命もあるということである。仕事だと、ある期間プロジェクトを運営する必要が生じて頻繁に連絡を取り合ってその進行状況をまとめながら進める必要がある。昔は会議や打ち合わせ以外には、電話とか電子メールしか手段はなかった。
 今でもあるが、昔の例でいえばメーリングリストがそういう傾向にあった。メーリングリストが立ち上がってしばらくは、いろいろな人の活発な議論が続く。しかし議論が一段落すると、単におしゃべり好きな人だけがダラダラと投稿するようになって、グループというより独り言のようになってきて、読む方も煩わしくなってきて、ますます投稿は少なくなってくる。もうこの頃にはそのメーリングリストの寿命が尽きたことになる。


 今ならば、SNSや類似の機能を持つWebで行うことができるが(SNS出現の前にはXOOPSのようなCMSというものもあった)、これらもやはり同じことで、限定期間という方がよいと思われる。仕事だと、参加メンバーはみな同じ目標と期限内に集中して参加できるからである。終了したら一旦きれいに解散する。その後も必要と思われる部分は別プロジェクトとして新規に立ち上げればよい。そういう利用がSNSには向いている気がする。SNSは広義のグループウェアの再来だというのが持論であるのでそう考えるのである。


 ただしmixiのようにビジネス用とではなくて、世間一般向けのサービスになるとなかなかSNSの姿の方向付けが難しいだろう。年代によっても捉え方がだいぶ異なる。中年以上への普及を捨てて低年齢層への浸透をはかるというようだが、それは同世代同士のコミュニケーションに利用するのか、あるいはネットの中でリアルでは疎い異なる世代同士のコミュニケーションをはかろうというのか、あまりはっきりしない。むしろ高齢化社会なのだから高齢者世代のコミュニケーションを広げる方が可能性があるとも思える。


 今の形態のままのSNSが残るかどうかはわからないが、広く見て、ネットを通じた匿名、非匿名でのコミュニケーションがなくなることはないから、新しい形のSNSのようなものは常に出現してくるようには思える。